《アマビエのブローチ》によせて

アマビエは江戸時代の後期に、現在の熊本県にあたる肥後国の海で目撃されたという妖怪です。海の中から発光するアマビエが現れ、疫病の流行を予言するとともに、「私の姿を絵に描いて人々に見せよ」と言い残して海に帰って行ったと伝えられています。


私もアマビエの言葉に従い、アマビエの姿を象ったブローチを制作しました。


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私は、精霊、妖怪、妖精、天使といった目に見えない存在に関心があり、これまでもそうした存在をモチーフにして作品を制作してきました。

今回は、その一部をご紹介したいと思います。



荒殿ゆうか《精霊》2015年


額に翼を広げた鳥を持つ「精霊」は、動物の世界と人間の世界を媒介し、空と大地と海をつなぐ存在として構想しました。


荒殿ゆうか《Rondo》2009年


《Rondo》は、無機質な、どこまでも広がる空間に舞い降りた天使、というイメージで制作しました。


荒殿ゆうか《ひとでスタア》2013年


こちらは、第一回目の「妖怪造形大賞」に応募し、現在も香川県小豆島の「妖怪美術館」に展示されています。

以下は、制作時に書いた「ひとでスタア」の紹介文です。


作者のオリジナル妖怪です。

日中は海の底で暮らし、日没とともに空中に浮上。人知れず空に昇っていき、星となって輝きます。日の出とともに空から降りて海へ帰っていき、毎日それを繰り返しています。

空中を移動しているときは透明になっていることが多いのでほとんど目撃されませんが、たまに透明になり損ねた半透明のものが宙に浮いている様子が見られることがあります。


「作者のオリジナル妖怪」と書いている通り、架空の妖怪として構想しましたが、今では、ひとでスタアは本当にいて、私を通してかたちに現れたのかもしれない、とも思います。


正直に言って、この《ひとでスタア》を作ったひと昔前の私は、妖怪などは人間の想像力の産物だと考えていましたが、今では、そうとは限らない、本当にいるかもしれないと思い始めています。目に見えない、証拠がない、と言っても、人間が知覚できていないだけ、という可能性があるし、人間が知覚できているものとできていないものを比べれば、知覚できていないもののほうが断然多いと思います。


原始時代のことを思い浮かべてみれば、そもそも、人間の存在も、人間が生きるのに必要な基本的なものも、人間が気付いた時にはすでにあったのであり、人間はもともと、何ひとつ、根本的なものを自らの手でつくり出してはいません。

人間にとって、「つくる」とは、すでにあるものを組み合わせて、別のものにする、ということです。

精霊・妖怪・妖精・天使などは、「すでにあるもの」のうちに入っています。しかもひとつひとつが完成した存在なので、それ以上組み合わせて何かにするべきものではない(人間が手中に収めることができないものである)し、人間の五感によって感知できないために、とりあえず不確かなものという扱いになっているだけ、という可能性が大いにあります。


アマビエは、新型コロナの流行をきっかけに注目されるようになりましたが、目に見えないという点では、ウイルスも妖怪たちも同じです。

フラットに考えれば、ウイルスがこれだけ人々の意識を席巻したのは、その影響力がネガティヴなものであり、また物質として捉える手がかりがあるためで、ネガティヴなものを排除する方向で物事を捉える本能を持つ人間の意識ではどうしてもそちらをクロースアップしてしまうのですが、妖精や妖怪といった目に見えないものたちが、ほんとうは私たちに気づかれないところで大きな働きをして、私たちを助けている、しかし見ることも検出することもコントロールすることもできないために、人間の描く世界像のなかで周辺化されてしまっているだけかもしれないのです。


そのような存在がいるならば、私たちにできることは、彼らに気持ちを向けること、その存在を祝福することだと思います。



最後に、もうひとつ、アマビエが海の中で発光する、というところも、私の心を打ちました。

このことは、(飛躍しますが、)以前、美術館で観たアネット・メサジェの《カジノ》という作品を想起させます。

大きな空間があり、低い位置で、赤い薄い大きな透ける布が風に吹かれて波打っています。

その布の下に、何かゆっくりと明滅するものがいくつもあって、それが何かは結局分からなかったけれど、私にはひとつひとつが個性的な形をした家のようなものに見えました。

時々、上から小さくて黒いエイリアンみたいなものが大量にぶら下がってきて、しばらくするとまた上に上っていく。

後から調べると「ピノキオ」をモチーフとした作品だったようですが、観ている時は、そんなことは全然分かりませんでした。それでも、作品の前から離れられなくなるほど魅力的で、今でも忘れられない作品になりました。

私が観たのは、森美術館でのアネット・メサジェ展「聖と俗の使者たち」(2008年)で、12年前のことになりますね。

いま、この作品を思い浮かべていると、上から降りてくる大量のエイリアンは新型コロナウイルス、赤い海面はあたりを覆い尽くす非日常な空気、その下で光るのは私たちの住処であり、そしてアマビエである、という風に思えてきます。


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